Interview
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カリフォルニア州議会下院議員 アル・ムラツチの妻 樋口博子氏 |
11月6日。深夜、アル・ムラツチ氏の当確が決定。集まっていた友人、支援者たちは歓喜の声を上げた。日本生まれのカリフォルニア州議会下院議員が生まれた瞬間だった。3歳半の愛娘を抱えながら15か月以上に及ぶ、長い選挙戦を一緒に戦った博子夫人に、話しを聞いた。 |

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■アルさんが出馬を決めるまでのいきさつは?
立候補をしたいと相談されて、やってみたらと話し合ったのは去年の夏の終わりぐらいでした。彼はカリフォルニア州の法務省の弁護士(検察官)の仕事やトーランス市の教育委員を務めながら、ずっとコミュニティーへの貢献をもっとできないかと長い間考えていましたし、私自身も国際開発援助の仕事をしてきていて、似たような問題意識を持っていたので、出馬を決意したのも自然な流れでした。ただ決めた後、すごい勢いで物事が進み始めたのでびっくりしたというか、いや、動く時ってこんなものなのかなぁ、と(笑)。キャンペーンスタートしたのは15か月前ですけど、実際はそれよりも前から動き始めました。ただ、今年9月ぐらいまでは検察官の仕事をしながらのキャンペーンだったんですよ。それから2か月、お休みをとって選挙に集中しました。実は、今日も法務省に行っているんです。今月(11月) 末で退職するので、引継ぎとかいろいろあるみたいで、選挙が終わったら少しは余裕が出来ると思ったのは完全な誤算でした(笑)。12月3日にはサクラメントでの宣誓式に出席する予定です。今後アルは、議会の期間中は月曜日から木曜日までサクラメントに行って、週末は地元のトーランスに戻って活動する暮らしになります。議員宿舎ってないみたいなので、これから向こうで住む所も探さなきゃならないんですよ(笑)。
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■選挙戦がスタートして1番最初にしたことは?
まずは支援者を募ること。エンドースメントを貰うために、電話をしまくりました。この選挙という縁で本当に多くの方と知り合いました。たとえば、それぞれの活動家たちと知りあうことで、地域を跨って、また人とつながっていけるんです。教育問題、環境問題、安全の問題…各々の問題意識を持った人たちとの輪がどんどん広がっていきました。
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■期間中、いかにもアメリカだなぁと驚いたことはありますか?
1度サポートすると決めたら、人種などを越えて、もう何があっても100%支援してくれる太っ腹な人たちが、アメリカの草の根の政治を支えていることです。15か月間、毎日、ボランティアをしてくれた人もいます。今回、アルの選挙を支えてくれたボランティアの人たちは何百人もいるんです。人種も様々、年齢も様々、だから本当の意味でのマルチカルチュアルなキャンペーンになりました。高校生や大学生で、まだ選挙権を持っていない若い方たちも大勢、手伝ってくれました。電話をかけてくれたり、看板を運んでくれたり。とにかく政治に関心が高いんですね。アメリカ民主政治の分厚さを肌で感じました。しかもピュアで、誠心誠意がんばってくれてもう部活のノリというかアルの当選が決まった時はみんな泣いちゃって「明日から何をしたらいいの」と言った子までいて(笑)。みんな最初は「ムラツチ」って発音が上手に出来ないので、選挙事務所には発音記号を貼ったりして(笑)、それがおもしろいとキャンペーン用のTシャツデザインにしたんですよ。

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■選挙中に起こった思いもかけなかったハプニングは?
選挙の後半には、カリフォルニア中から応援が駆けつけてくれたこと。66地区は激戦区になると最初から言われていましたが、対抗馬が極右のティーパーティー出身の人だったのでアルとしても絶対に負けられないと強く思ってました。アメリカでの選挙運動では「ミート・アンド・グリート」が非常に大事なんです。ボランティアの方の家に、10人から15人、近所の方たちに集まってもらい、アルがそこに出向くんです。で、彼を知ってもらうと同時に、住民のいろんな意見を吸い上げる場でもあり、仕組みでもあります。そこで具体的な声を直接、議員に届けられるわけです。かなりハードなディスカッションになる場合も少なくありません。アルもそこでもまれながら意見調整をしたり、細かい問題点を知ることができます。また、私たち家族3人で歩いて、戸別訪問もしました。日本の選挙ではダメなんですよね。来るなという人もいましたが、意見をたくさん言ってくれる方や「私は大統領はロムニー(共和党候補)だけど、議員はあなたにする」と言ってくれた人もたくさんいて、うれしかったですね。
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■今回の選挙で夫の新たな面を発見したりしましたか?
思っていた以上にタフで強いんだな、と。沖縄生まれの「なんくるないさ」的なのんびりサーファーボーイのイメージがあって(笑)。分刻みの生活にもよく頑張りました(笑)。
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■選挙で犠牲にしたものは諦めざるを得なかったことって?
それは家族ですね。この15か月間、土日はなかったし、家族3人で出かけたのは中間選挙後の1回だけ。パパを大好きなケイコも大人だけの世界で黙っておとなしくしていなければならないことが多かったので、彼女もアルと同じぐらいすごく頑張ったと思います。私はチームの方に言われたのが、家を安定させてあげてください、ってことでした。アルがほっとして戻ってくる場所を作るというのがチャレンジでした。
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■月並みな質問ですが、当確がでたときの素直な気持ちは
実は、最後の頃は、大船に乗った気分だったんです。ドリームチームを呼ばれたぐらいボランティアの方たちの結束が固く仲が良くて。選挙当日、験を担いでチームの人たちととんかつを食べに行ったんですよ。「日本ではカツはヴィクトリーだ」とか説明しちゃって(笑)。もう勝てると思っていて、当確が出たときは「ああ、勘が当たった」って感じでした(笑)。
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■これからですが…。
議員の妻としての役割も出てくると思いますが、正直、今はまだそれが何かよくわかっていないんです。ただコミュニティーデベロップメントをテーマにした自分の博士論文(ロサンゼルス日系アメリカ人コミュニティーの発展について)の両輪でやって行きたいと思ってます。今回の選挙にしても、自分の世界を持っていたことで客観的に見ることが出来たことも沢山ありました。スイッチの切り替えを上手にしていければな、と。
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■ぜひ今、伝えたいことは?
今回は本当にたくさんの応援ありがとうございました。次の選挙まで2年あります。もし米国の選挙権を持っていなくても、アメリカの行政などに直接意見を届けることって非常に重要だと思いますし、実際にできるんです。町の安全や空気をきれいにしたい、原発の問題や教育問題など、声を出すことで「チェンジ」も可能です。政治参加によって自分の暮らしにインパクトを起こせるんです。日本人や日系人のコミュニティーの方たちにももっとそれを伝えていければと思っています。
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樋口博子 (カリフォルニア州議会下院議員アル・ムラツチの妻) 兵庫県芦屋市生まれ。小学校〜高校まで小林聖心女子学院にて学ぶ。聖心女子大学、ロンドン大学大学院卒業後、10 年間、日本の政府系銀行、NGO、外務省にて、アジア諸国を中心とした世界の貧困国の開発援助業務に従事。 現在、東京大学大学院後期博士課程在籍(国際開発学)。結婚を期にサウスベイに移住。娘一人。
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